こんにちは、服部(@FACTDEAL)です。
僕は基本的に「非効率」や「ムダ」が大嫌いです。
「人生にはムダなものなど1つもない」
「全てのできごとには意味がある」
と言っているようなアホは心の底からクソ喰らえと思っているわけです。
ムダなものは排除してシンプルに生きていき、起こった出来事に意味があるのかないのか、あるとしたら、意味を持たせるのは自分自身。
そういう考えです。
なぜなら、ムダなことや意味を見出せないことにダラダラ時間をかけるほど僕らの人生は長くないからです。
ムダなこと100個に時間やお金を注ぐのであれば、それらを全部排除して好きなこと10個だけに注ぎたいです。
ムダな人100人に時間やお金を注ぐのであれば、それらの人間関係を全部切って好きな人10人だけに注ぎたいです。
Facebookはムダな人と時間とお金の巣窟
Facebook自体がダメなのではなくて、使い方によってそうなってしまうということです。
毎日、情報収集しているつもりが、逆に、人もお金も時間も心も大量に奪われていっているということに気づいている人は少ないんじゃないですかね。
WEB上の見た目では増えていっていますからね。
エセ情報もエセ友達も。
でも、それと反比例するように穏やかな時間や心が減っている人は多いです。
なので、僕は友達もイイネも集めないんですね。
ムダな人ばっかり集めてるからこうなるというおもしろい記事があったので、ここでちょっと紹介しておきます。
言うまでもなくこれが本質でしょう。
もう僕が何も書かなくても良いくらいの内容です。
毎年、どうでも良い人に、
「誕生日おめでとうございます!」
と言い、
どうでも良い人から
「誕生日おめでとうございます!」
と言われ、
「ありがとうございます!」
を連打でコピペし、
読んでもいない投稿に毎日、スクロール&イイネを繰り返した結果がこれなわけです。
友達やイイネという単なる”数”で承認欲求を満たそうとするアホの末路です。
余談ですが、こういう記事を書くのであれば名指しした方が良いというのが個人的な感想です。
青木真也さんもTwitterで言ってましたが、まさにこの通りで。
ネットで文句や悪口言う時に思うのは、相手をぼやさ無いほうが良い。誤爆する可能性もある。そして、「俺だろ!」って相手が言った時に濁して逃げるのもださい。名前出して、相手に文句言うのがすっきりして誤爆も無くて最高だと思います。
— shinya aoki (@a_ok_i) 2017年1月24日
要するに、これを読んで、
「これ、オレのことじゃないか!」
って言ってくる人間が出てきた場合、
「いやだなぁ、違いますよ〜」
「いや、自戒を込めての記事なんで」
っていうのが、「超絶ダサい」と思うからです。
「そうです、あなたのことですよ」
って、言えるのであれば良いと思うんですが。
あるいは、何も言ってこない人もいるわけで、そういう人は被害妄想全開でオチるわけです。
実際はその人のことじゃなかったとしても結果的に”誤爆”になるんですよね。
なので、特定の人を批判するのであれば、こっちも素性を明かした上で名指しがベストです。
それができないならしない方がマシですね。
まぁ、この人は素性も明かしているし、代替案も提示しているのでまだ良いですけど。
僕が自分から友達申請を出さない理由
あ、ダサいとは思いますけど、この人のことは全くキライじゃないんですよ。
念のため。
ただの価値観の違いを僕が大げさに表現しているだけの話ですから。
なので、もういっちょう紹介しておきます。
この内容に関しても思うところがあって、僕はこう見えて社交性はないわけではないので興味がある人とはつながりたいとは思うんです。
でも、自分からは友達申請とかは出しません。
これに関して言うと、ムダだとか人見知りだとか、そういう話ではなくて。
僕が興味を持ってもフォローしかしないのは相手に悪いと思うからです。
Facebookの投稿やブログを読めば、どういう空気感や価値観で生きていて、どんな友達や仕事仲間と仲良くしているとかはなんとなくわかるじゃないですか。
そんな中、僕と同じような空気感で、僕と同じような価値観を共有できそうな人ってあんまりいないんですよ。
あるいは、価値観が違っていても、受け入れられそうな人っていないんですよね。
住んでる世界が違うというか。
なので、僕と同じような世界で生きている人やそれ以上のエグい世界で生きているような人にしか友達申請は出さないんです。
だって、僕と絡むことによって、その人が周りの人や友達から白い目で見られたり仕事に支障をきたしたり、仲間外れにされたりとかしたらめちゃくちゃかわいそうじゃないですか。
僕や僕の大事な人に危害を与えない人の私生活を壊す権利は僕にはないわけですから。
で、そういうのを全く気にしない、「誰とでも本音で付き合いたい」という人は、向こうから勝手に来てくれますから。
そういう人たちとは最初から本音、本気でぶつかり合うので、
「あんた頭おかしいんとちゃうか!?」
みたいなネガティブなやりとりから始まって今では長い付き合いの人も結構多いんですよ。
なので、ブログは読んでいるけど、イイネは押さないという人はけっこう多いです。
イイネを押しちゃうとタイムラインに僕の投稿が表示されてしまうので
「こんな内容に共感するような人間なのか」
「こんなヤツと友達なのか、けしからん」
って、自分の友達に思われちゃいますからね。
そういう人を見ているとかわいそうになるので、僕からはアプローチしないんです。
まぁ、Facebookの友達は削除してブログだけ読んでれば良いのにと思いますが。
実際そういう人は多いですし。
服部流Facebookの活用法
僕のFacebookに対する考え方や使い方は、他の人とはだいぶ違うんですよね。
シェアや拡散の重要度や優先度はかなり低く、どちらかというと人物確認の意味合いが強いです。
Facebook、Twitter、ブログ、メルマガなど入り口はどこからでも良いんですが、僕や僕の発信に興味を持って近づいて来た人が
「クレイジーでイケてる人かどうか」
を、対面で会う前に確認するためのツールです。
なので、僕がつながっているFacebookの友達は、
・昔ながらの友達(クサれ縁)
・本音で言い合える友達
・本音で言い合える仕事仲間
・挨拶して友達申請をくれた人
・どんな人なのか確認中の人
のどれかだということですね。
まぁ、消し忘れている人も数人いると思いますが。
どうでも良い人とはつながらないことで、時間、お金、心の消耗 あらゆるムダを排除することができています。
で、その分好きなことだけに、時間もお金も投入することができますし、好きな人とだけ、時間とお金を”共有”することができるわけです。
イイネ自体に価値は無い
結局のところ、Facebookのイイネ自体に価値はないのです。
誰がイイネを押してくれているかが重要なんです。
友達にしても、お客さんにしても。
イイネを押す人によってその価値は変わります。
1イイネ=0.1イイネの価値しかないイイネが100ついたところで10イイネの価値しかありません。
逆に、1イイネ=10イイネの価値があるイイネは、10イイネで100イイネの価値があります。
価値のあるイイネというのは、本当に良いと思っているのかどうかですから。
うわべだけのイイネを集めたところで、所詮、Facebook上では本当に笑いあえようなる友達は一生できませんし、お客さんにもなり得ません。
まさに冒頭の安達さんのブログの内容ですね。
ほら、いるじゃないですか。
友達が何千人もいるのにイイネが超少ないとか、幸が薄そうとか、儲かってなさそうとか、発信内容やコメント内容が薄っぺらいとか。
「共感シマシターーー!」
「シェアさせてイタダキマスーーー!」
「全く同感デスーーー!」
っていう、洗脳が完了した情報弱者の信者しか友達にいない人とか。
まぁ、金づるとしては1イイネ=100イイネくらいの価値があるのかもしれませんが、人としては1イイネ=0.01イイネくらいでしょう。
あなたのFacebookの友達の「1イイネ」は、一体、どれくらいの価値があるんでしょうかね?
PS
Twitterも共通する部分はありますが、Facebookの特性とはまた違ったSNSなので、上記に当てはまらない内容も多々あると思います。
Instagramや他のSNSしかりですね。
念のため。
Facebookの友達の真実を知りたいのであれば、noteがオススメですよ。
簡単にバケの皮を剥がすことができますから。