どうも、服部(marketing_factdeal)です。
なんか、デザイナー(に限らずですが)の人って、SNSをやる気がない人が多いですよね。
よく見るのが、「別にフォロワーを増やすつもりないし」「数字を追うためにやってるわけじゃないし」みたいな人。何なら、「私はここで作品を置いておくので、価値の分かる人だけ見つけてごらんなさい」みたいな空気を出してる人もいます。
いや、じゃぁ何でSNSやってんのっていう。
プロフィールにはポートフォリオのリンクを貼って、固定投稿ではサービスを案内して、しっかり仕事の相談窓口まで用意してるわけですよね。見つけてほしくない人の導線ではないんですよ。
本音では、見つけてほしいし、仕事もほしいし、評価もされたい。ただ、それを表に出して「必死な人」と思われるのがイヤだから、最初から数字なんて興味ありませんという顔をしてるんですよね。
ブランディング的に、かっこつけたいのは分かります。売れたそうに見られたくないし、集客に困ってるとも思われたくない。が、それがもうダサいんです。
届けたいものがあるのに、必死に届ける努力をしない人はダサいです。
必死感を消すことが、ブランディングではない
デザイナーやクリエイターには、作品の世界観を大切にする人が多いですし、それ自体は悪いことではありません。むしろ、自分の見せ方に一貫性がなく、何でもかんでも売り込んでいる人より、ブランドとしては魅力的に見えるでしょう。
が、世界観を守ることと、届ける努力をしないことは別の話です。
投稿の内容を考える
自分が何者なのかを言葉にする
作品だけでは伝わらない考え方や仕事への姿勢を書く
反応を見ながら改善する
人の投稿へ反応し、自分から関係を作る
こういった行動は、ブランドを壊すものではなく、ブランドを伝えるために必要なものです。
それをせず、完成した作品だけを置いて「分かる人には分かる」と言っているのであれば、単に説明を放棄してるだけなんですよね。分からない人を切り捨てているようで、実際には、自分の価値を伝えられないことから逃げているだけです。
お客さんは、あなたの才能を発掘する使命を背負ったトレジャーハンターではないですからね。
毎日、山ほど流れてくる投稿の中から、何も語らず、何も働きかけず、奥の方で静かに作品を置いているあなたを見つけ、価値を理解し、わざわざリンクを開き、問い合わせまでしてくれる、そんな都合のいい話はないんですよ。
「いいものを作れば見つけてもらえる」は、ただの幻想
いいものを作れば、いつか誰かが見つけてくれる。
クリエイターには、この幻想を持っている人が多いです。作品の質さえ高ければ、SNSで目立とうとしなくても、見る目のある人が勝手に見つけてくれる…みたいな。
が、世の中には、誰にも見つけられないまま消えていった「いいもの」が腐るほどあります。
逆に、決して一番上手いわけではないのに、自分の仕事を言葉にし、発信を続け、人と関わり、何度も見つけてもらうことで仕事を増やしている人もいます。
この差を、「発信が上手いだけ」「SNSに媚びてるだけ」と片づけるのは簡単ですが、作る能力と届ける能力は、そもそも別物なんですよね。
どれだけいい商品でも、棚に並べなければ売れないし、どれだけいいデザインでも、存在を知られなければ依頼されません。
SNSを仕事につなげたいのであれば、作るところまでではなく、届けるところまでが仕事です。
フォロワー数が多ければ偉いわけではない
ここで勘違いしてほしくないのは、フォロワー数が多い人ほど優秀だとか、フォロワーを増やせば必ず売れるという話ではありません。
フォロワーが数万人いても何も売れない人はいるし、数百人でも十分な売上を作っている人はいます。何より僕自身、フォロワー数の多さだけで商売の価値が決まるとは思っていません。
ただ、フォロワー数を増やす努力もしていない人が、増えない理由を「ブランディング」にすり替えるのは違うという話です。
自分に必要な人数を理解した上で、あえて広げすぎない人と、広げることができないから「増やすつもりはない」と言っている人は、結果だけ見れば同じ少人数でも、中身がまったく違います。
前者は、自分で狭さを選んでいるけど、後者は、広げられない現実から逃げているだけです。
フォロワー数は、その人の実力や人間性を正確に表す数字ではなく、運や参入時期、テーマとの相性にも左右されます。
が、届けるために工夫し、発信を続け、人と関わってきた結果が、ある程度は数字へ表れるのも事実です。
なので、数字が伸びない時に見るべきなのは、「数字なんて意味がない」という言い訳ではなく、自分の届け方に改善できるところがないかです。
数字に振り回される必要はありませんが、数字から逃げてもいけません。
「狭くて深い」は、見つからなくていいという意味ではない
僕はずっと、「狭くて深いマーケティング」を提唱しています。
ただ、これはフォロワーを増やさなくていいとか、新しい人へ届けなくていいという意味ではなく、ちゃんと見つけてもらった上で、誰と深く関わるのかを選ぶということです。
誰にも見つからず、既存の知り合いからたまに反応をもらっているだけの状態は、「狭くて深い」のではありません。
ただ狭いだけ、ただマイナーなだけです。
ニッチをマイナーと混同している人が多いよね。ニッチは「狭い」「少ない」とかじゃなくて「確実な需要がある」ってこと。
ニッチを狙うなら、土台となる市場規模がそこそこ大きいことが絶対条件。
市場規模が小さいところでニッチを狙うと、ただ見込み客が少ないだけの商売になりまっせ( ˙³˙)
— 服部慎也|狭くて深いマーケティング (@FACTDEAL) January 12, 2020
狭くても、その中に濃い関係性があり、相談や紹介や購入が生まれているのであれば問題ありません。
が、反応も増えない、仕事にもつながらない、新しい出会いもない。それでも「フォロワー数は追っていません」と言っているのであれば、まず本当に追わなくていい状態なのかは考えた方がいいでしょう。
少ないフォロワーでも売れることと、フォロワーを増やす努力をしなくていいことは、同じではありません。
深く関わる相手を増やすためにも、まずは新しく見つけてもらう必要があります。
入口を広げ、その中から相性のいい人と関係を深めていくということであり、狭くて深いマーケティングも、入口まで閉める話ではないんですよ。
数字から逃げるために、かっこいい言葉を使わない
SNSには、「数字だけがすべてではない」「本当に価値の分かる人へ届けばいい」「フォロワーではなく、目の前の一人を大切にしたい」といった、いかにも正しそうな言葉がたくさんあります。
もちろん、言っていること自体は正しいです。
が、こういう言葉って、なぜか数字が伸びていない人ほど使いたがるんですよね。
本当に目の前の一人を大切にしながら、たくさんの人へ届ける努力をしてもいいわけです。価値の分かる人へ届けたいのであれば、その人に見つけてもらうための発信をすればいいじゃないですか。
数字を追わないことと、努力しないことをごちゃ混ぜにしてはいけません。
SNSを日記や趣味として使っているのであれば、好きにすればいいと思います。フォロワーを増やす必要もなければ、投稿を改善する必要もありません。
が、SNSから仕事につなげたい、自分の商品やサービスを知ってほしい、作品を見てもらい、依頼を増やしたいと思っているのであれば、「別に見つからなくてもいいです」という顔をするのはやめた方がいいです。
欲しいものがあるのに、欲しくないふりをするのが一番ダサいので。
届けたいなら、ちゃんと届けに行けばいい
フォロワーを増やしたい。もっと多くの人に見てほしい。自分の仕事を知ってほしい。依頼がほしい。
別に、普通にそう言えばいいんですよ。
そのために投稿を考え、反応を分析し、伝え方を改善し、人と関わる。思ったように伸びなければ、また考える。何度でも試す、でいいんです。
必死に届けようとしている人を笑うのは、だいたい、自分が必死になる勇気を持てない人です。
もちろん、数字だけを追いかけ、誰でもいいから集めればいいわけではありません。自分の価値観に合わない人を大量に集めたところで、商売はしんどくなるだけですから。
だからこそ、誰に届けるのかを決めた上で、その人たちへ届く努力をするというのが大事で。
見つけてもらえるまで待つのではなく、自分から見つけてもらいに行く。それでも世界観は壊れませんし、本当にいい仕事をしているのであれば、むしろ知ってもらわない方がもったいないでしょう。
必死になることがダサいのではなく、届けたいものがあるくせに、努力していると思われるのが怖くて、何もしていない自分をブランディングで正当化する方が、よっぽどダサいんです。
いつまでも誰にも見つからないのは、世の中に見る目がないからではなく、あなたが、見つからない場所でかっこつけてるからです。






















