どうも、服部です(ハットリって誰?)。
人からの誘いを「お金がないから」という理由で断ることについて、Threadsに書いたら、いろんなコメントがついたんですが、同じような内容が多かったので、こちらでまとめて書きます。
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本当にお金がない人もいる、断るのは自由だ、正直に言っているだけだ、そんなに会いたいなら奢ればいい、あなたの想像力とリスペクトが足りない、みたいな話ですね。
まぁ、めちゃくちゃ想像してるよってことは書いていこうと思いますが、「リスペクトが足りない」というのは、ホントその通りだと思います。
なぜなら、その言葉だけを投げ捨てて終わらせるような人のことを、実際に僕は1ミリもリスペクトしていないからです。
中には、僕が嫌われているだけだとか、コンサルを断られて腹を立てているんだろう、という話までありましたが、そこはマジでくだらないテーマなので、最後にサラッと書きます。
この投稿の論点は、誘いを断られることそのものではなく、自分の事情を伝えたつもりで、相手に何を伝えてしまっているかという部分で、お金がないと伝えれば、嘘もついていないし、自分の弱みも見せているので、これ以上は問題にならないという扱いになっていませんかと。
その返事を受け取る相手のことは、どこまで考えたんですかね。
断る理由が本当であることと、その断り方に配慮があるかどうかということは、別の話だということです。
お金がないと伝えたつもりで、何を伝えているのか
たとえば、食事に誘った相手から「お金がないから無理」とだけ返ってきたら、その人が今月の食費に困っているのか、その店が予算に合わないのか、その食事にはお金を使いたくないのかまでは、わかりません。
返事をした側には何かしら理由があったとしても、受け取った側に見えているのは、「お金がない」の一言だけですからね。
ここで「あなたと過ごす時間にはお金を使いたくないんだな」と受け取られる可能性まで考えているのか、というのが今回の話なんですよ。
もちろん、会いたい気持ちがあっても、払えるお金がないことはあるし、返信にも「支払い能力と行きたいかどうかは別の軸だ」という指摘がありましたが、その通りです。
ただ、別の話だからこそ、お金の事情だけ伝えれば、相手への気持ちまで伝わるわけではないんですよね。
生活費を優先することも、別のことにお金を使うことも、当然、自分で決めていいわけですが、その優先順位を伝える時に、相手との時間を切り捨てるような言い方になることまで「事実だから」で済ませるのは違うでしょうと。
誰を優先するかを強制しているのではなく、優先しない時の扱い方にも、その人への敬意は出るということです。
つまり、家計の中身を全部説明しろということではなく、今回の出費が難しいのか、その誘いに興味がないのか、自分は何を断っているのかを考えた方がいいんじゃないですかということです。
たとえば、食事には行きたいけど店の予算が合わない時と、その人と会うこと自体を断りたい時では、本来、伝える内容が違いますよね。
それを全部「お金がない」にまとめたら、どこをどう受け取ってもらうかを、全て相手の想像に任せることになるじゃないですか。
本人に拒絶のつもりがなくても、言葉から拒絶を感じる人はいるでしょうし、逆に断ったつもりなのに、「じゃぁ、安い店を探そう」と誘い直されることもあるでしょう。
同じ言葉が、意図と反対の方向に働くこともあるわけです。
だからこそ、お金がないと言うこと自体より、それを言えば十分だと扱ってしまうことに、配慮のなさを感じるんですね。
仲の良い相手であれば、普段のやり取りから事情まで伝わることはあるでしょうけど、その関係性まで含めて通じているのであって、「お金がない」が誰にでも通用する便利な断り文句になったわけではありません。
相手との関係を無視して同じ言葉を使い、受け取り方だけは自分の意図に合わせてもらおうとするのは、さすがに都合が良すぎますよ。
配慮というのは、正解のセリフを暗記することではなく、目の前の相手に、この言い方で何が伝わるかを想像することですからね。
会いたくない気持ちまで、お金のせいにしない
誘いを受けるかどうかは自由だし、自分のお金の使い道を自分で決めるのも当然です。
ただ、使い道を決める自由があることと、その決め方をどう伝えても相手が同じように受け取ることは、つながりません。
で、行きたくないからお金を理由にしているだけだ、という返信もありましたが、それはそれで、その人の判断だし、毎回そういった断られ方をされる人は、自分に原因があるのかもしれないと考えるべきでしょう。
ただ、その場合は「正直に経済事情を話しているだけ」という説明とは別で、本当は行きたくないという気持ちを、お金の事情に置き換えて伝えているわけですよね。
その置き換えがいつも優しさになるとは限りません。
相手は経済的な問題だと受け取って、店を変えたり、日程を変えたり、費用を負担しようとしたりするかもしれないけど、本当の理由がそこにないなら、何を調整しても話は進まず、お互い無駄な時間とストレスが増えていくだけです。
相手を傷つけないための断り文句のつもりが、相手に見当違いの気遣いをさせることもあるということです。
ちなみに、そんなに会いたいなら奢ればいい、という意見もありましたが、奢ることで解決するのは、本当に費用だけが問題の時なので、会いたくない気持ちをお金の問題に置き換えて断っている時に奢りを提案しても、断る理由を1つ潰すことにしかなりません。
会いたくない理由が残っているので、お金を出しても話は進まないですからね。
これらは別々の人の返信ですが、実際に「お金がない」という言葉には、経済事情を伝える場合と、会いたくない時の断り文句という使い方があるわけです。
最初から条件を調整してまで参加するつもりがない時は、相手に費用の相談を続けさせる返事になっていないか、考えた方がいいでしょう。
しつこい勧誘や怖い相手から離れる時は別として、普段の付き合いでは、断る言葉を選ぶ余地があります。
正直に話すことと、配慮を省くことは同じではない
正直にお金がないと言っているのに、嘘をついて断れということか、という趣旨の返信もありましたが、嘘をつくか、ぶっきらぼうに伝えるかの2択しかないんですかね。
お金がないという事実に、誘ってくれたことへの感謝や、何が難しいのかという説明を添えても、嘘にはなりません。
誘ってもらえてうれしかったのであれば、たとえば「声をかけてもらえたのはうれしいんですけど、今月は外食に使える余裕がないので、今回は見送ります」と伝えても、参加しないという結論は変わらないですよね。
会いたい気持ちがある時はそれを伝えればいいし、ない時にまで「またぜひ」と付け足す必要もなくて。
実際にはない気持ちを演出することと、実際にある気持ちを省略しないことを、一緒にしないでくださいよ、という話です。
正直さと配慮を両立する言い方があるのに、嘘をつけという話へ置き換えたら、その選択肢を最初から外してしまうことになりますからね。
特定の集まりに参加するつもりがない時は、「その集まりには参加しないことにしているので、今回は見送ります」と、自分の判断を伝えることもできます。
相手そのものが嫌いだと告げなくても、何を断っているかは示せますし、家計の説明もいりません。
どの言い方が合うかは自分の本音によって変わるので、相手の機嫌を取るための定型文を探すより、自分が断る理由を取り違えずに伝える方が先です。
>反論のために、僕の人生を創作しなくていいです
元の投稿には、僕が嫌われているだけだとか、コンサルを断られて腹を立てているんだろう、というコメントもありましたが、僕が誰にどう思われているかを想像しても、「お金がない」という断り方で何が伝わるかの説明にはなっていません。
まして、コンサルを断られたという出来事は、元の投稿には一言も書いていないですからね。
投稿だけ読んで、僕が誰かに断られた場面まで見えたのか、それとも「お金がない」という安易な言葉で断ってきた自分を正当化するために、誰かを落としたいんでしょうか。
その想像力を、断りの言葉を受け取る側のことにも、少し使ってもらえたらいいんですけどね。
逆に、会いたい気持ちと支払い能力は別だという指摘には、文章のどこを検討すべきかがあるので、話を進められます。
ただ、その指摘で区別できるのは支払い能力と気持ちであって、選んだ言葉が相手にどう伝わるかという話は残りますけどね。
お金がないという事実を伝える時にも、選べる言葉はあるわけで、それを考えずに「正直に話しただけ」で済ませる断り方は、やっぱり無神経だし、想像力も配慮も欠いていてダサいです。
プライドもないのかって思いますしね(見栄を張れという話ではなくて)。
少なくとも、僕の周りには「お金がないので」と言って、誘いを断る人はいないし、僕も誰かに言うことはないですね。





















