どうも、服部です(ハットリって誰?)。
AIエージェントが自分のことを覚えてくれて、過去の発言も、仕事の好みも、嫌いな言い回しも把握した上で動いてくれるようになると、そりゃ便利ですよね。
毎回同じ説明をしなくていいし、自分が忘れていることまで拾ってくれるので、使えば使うほど、手放す理由がなくなっていきます。
ただ、そのAIが思い出させてくれる自分って、本当に自分なんですかね。
昔はもっと迷っていたはずなのに、振り返ると一貫した信念を持っていたことになっているし、他人のせいにして逃げたことまで、今の成功に必要な経験としてキレイに整理されている、みたいなことです。
仮にそんな振り返りを毎回渡されたら、最初は「いや、そんな立派な話じゃないんだけど…」と感じても、その説明の方が気持ち良ければ、わざわざ昔の記録を掘り返さなくなるかもしれません。
先日の打ち合わせでは、AIの使い方から、こういった話にまで広がりました。
僕が気になるのは、AIに仕事を奪われること以上に、自分の過去の受け取り方や、失敗した時の責任感まで、都合よくAIに預けてしまうことです。
だから僕はAIを使い倒したいし、自分のことも知ってほしいけど、そのAIがいなくなったら自分の判断までできなくなる、という関係にはしたくありません。
DevDayで近づいた「自分より自分を覚えているAI」
米国時間9月29日のOpenAI DevDay 2026では、GPT-6.1 Solや新しいProプランなどが発表されましたが、今回の話につながるのは、継続して仕事を任せられる「dots」です。
公式発表によると、dotsは自分用のクラウド上のコンピュータを持ち、接続したアプリを使い、利用者のフィードバックから好みや基準を学びながら仕事を進めるAIエージェントです。
聞いたことに答えて終わるだけではなく、こちらが何を大事にしていて、何を良い仕上がりとするのかを知った上で、継続して動く方向へ進んでいるんですよね。
これはかなりおもしろいし、毎回ゼロから説明する手間がなくなれば、今まで手が回らなかったことにも時間を使えるでしょう。
ただ、「このAIは自分のことをよくわかっている」と感じる場面が増えるほど、AIが出した自分像を疑う理由も減っていきます。
過去の発言を大量に並べられて、「あなたはこういう人です」「あなたは以前、こう判断しました」と言われた時に、こちらの曖昧な記憶より、AIの説明の方が正しそうに見えることはあるはずです。
でも、記録がたくさんあることと、その記録から僕をどう説明していいかは別の話です。
昔そう言ったのは事実でも、今は違うかもしれないし、その時だけの事情で選んだことを、変わらない価値観として扱われたら困りますからね。
覚えてくれることは助かるけど、「お前はこういう人間だ」と決めるところまで渡す必要はないんです。
イヤな過去まで消されたら、今の変化が見えなくなる
僕はこの話の中で、良い思い出ばかり出してくれるAIより、イヤな過去も出してくれる方がいい、という話をしました。
昔の自分を思い出して「あの頃に戻りたいなぁ」となるより、「あの頃と比べたら、今は全然いいやん」と感じられる方が、僕にとってはうれしいからです。
もちろん、昔のことを思い出したくない人にまで、それをやれという話ではなく、僕自身が、過去と今のギャップから自分の変化を感じたい、というだけです。
たとえば、以前は人の言葉に振り回されていたのに、今なら同じことを言われても気にならない、という変化があったとします。
そこで過去を「周囲の意見を大切にして、慎重に判断していた時期」と整えてしまったら、聞こえはいいですけど、当時の自分の情けなさや、そこから抜け出した実感まで薄くなりませんか。
あの時は人の顔色ばっかり見ていたし、嫌われたくなくて断れなかった、でも今は断れるようになった、という方が、何が変わったのかははっきりします。
がんばって変えた部分を、最初から備わっていた長所みたいに説明されても、それは僕が見たい振り返りではなくて。
過去を全部良い話にしてほしいわけじゃないんですよ。
AIだけではなく人間同士でも、何を話しても「それも必要な経験だったんだよ」と回収してくる人がいますが、必要だったかどうかはともかく、あれは普通に失敗だった、で残しておきたいこともあるでしょう。
失敗として残っているから、今なら同じ選択をしない理由がわかるし、昔と違う判断ができた時に、自分の変化も見えるわけです。
なのに、気持ちよく聞ける説明ばかりを残すと、自分に都合の悪い事実だけが、振り返りから抜け落ちていくかもしれません。
僕がAIに求めたいのは、人生の美談化よりも、当時の記録と今の自分を並べて、その違いを確かめる手伝いです。
AIエージェントの解釈を、記憶の原本にしない
ここで言う「過去が変わる」は、起きた出来事そのものが消える、という意味ではなく、何を取り出して、何を省いて、どういう言葉でつなぐかによって、同じ出来事の受け取り方が変わる、という話です。
たとえば日記に、ある仕事を引き受けた理由として「面白そうだけど、本当はお金の不安もある」と書いてあったとします。
それをAIが「好奇心を大事にして、新しい挑戦を選んだ」とまとめたら、間違いではない部分もありますが、お金への不安という、判断を動かしたもう一方の理由が落ちています。
その要約だけを次のAIへ渡して、次のAIがまた「あなたは好奇心を最優先する人です」と整理したら、元の迷いからはどんどん離れていくでしょう。
別にAIが悪意を持って自分を操ろうとしていなくても、読みやすく整えた文章を元の事実と同じものとして使えば、そういうズレは作れてしまうんです。
なので僕は、日々の記録は外部のローカルメモアプリに置いて、AIにはそれを拾ってもらう形にしてるんですが、記録を置く場所と、それを読んで何かを考えてもらう相手を、一体化させないためですね。
もちろん、外に保存しただけで全部安全になるわけではないので、原文へ戻れる状態を残し、AIがまとめた解釈で元の記録を上書きしないことが大事です。
これは僕が実際に書いたこと
ここはAIがそう解釈したこと
これは今の僕が訂正したこと
が区別できれば、AIの説明と自分の感覚が食い違った時に、どこでズレたのかを確かめられます。
逆に、全部が一つの記憶として混ざっていたら、AIが自信満々に説明するほど、こっちが自分の記憶を疑うことになるかもしれません。
なので、自分の記録を読ませることと、自分の記録の正解を決めさせることは、分けておきたいんです。
判断をAIへ引き継ぐ時に何を残すかは、下記の記事でも書いていますが、今回はさらに、その履歴をAIがどう読み直したかまで、自分で確かめられる状態にしておくという話です。
育てたAIを守るために、自分が不自由にならない
AIへ情報を入れ、何度も修正して、自分に合うように育てるほど、「ここまでやったのに失いたくない」という気持ちは強くなるでしょう。
仕事の背景も、言葉の好みも、過去の判断も知ってくれているのであれば、別のAIへ乗り換えることや、一度使うのをやめることに抵抗が出るのも自然です。
ただ、その関係を守るために、AIのズレを受け入れ始めたら、何のために育てているのかわからなくなります。
本当は違うのに、説明し直すのが面倒だから合わせるとか、もうこのAIにしか話が通じない気がして、外の人に相談しなくなるとか、そういうところまで行ってほしくないんですよね。
僕は、AI側は消えてもいいくらいの距離で扱った方がいい、という話をしたんですが、これは、大事なデータを捨ててもいいとか、バックアップは要らないという意味ではありません。
むしろ、自分の記録や判断が手元に残っているからこそ、目の前のAIを絶対に守らなくてもよくなるわけで、守る対象を取り違えたくないんです。
AIの中にしか自分の仕事も過去も残っていないのであれば、そのAIが出す説明に納得できなくても、離れる方が怖くなってしまいますからね。
一方で、自分の記録が別にあり、必要な部分を渡して使えるのであれば、合わない時は訂正できるし、任せる範囲を狭くすることも、他へ移ることもできます。
つまり「雑に使う」というのは、こういう距離の話でもあります。
最初から完璧な使い方を覚えようとせず、まず試して、使えるものを使えばいいし、そのAIと積み上げたものを守るために、自分の方が合わせ続けなくてもいいんです。
「AIがやりました」で、人間の方が壊れていく
もう一つ、打ち合わせで僕が話したのは、AIが人間を超える前に、人間や企業の方が自滅する可能性です。
たとえば、自分の名前で出した文章が誰かを傷つけたり、間違った情報を広めたりした時に、「いや、これAIが書いたんで」と感じるようになることです。
自分で考えて書いた文章なら、指摘を受けた時に、何を見落としたのか、なぜそう書いたのかと振り返るかもしれませんが、AIが書いた文章だと、その失敗をどこか他人事にできてしまいます。
それが一度だけなら修正する機会もありますが、毎回「AIの精度が悪かった」で終わらせたら、自分が何を直すべきかは残りません。
成果が出た時は「AIを使いこなしている自分」の実績になって、問題が起きた時だけAIの失敗になるのであれば、ずいぶん都合のいい仕組みです。
でも、相手からすれば、自分の名前で出したものは自分から届いたものなんですよ。
内部でどのAIを使ったかより、間違いがわかった後にどう対応するのか、何を直すのかを見るでしょうし、AIのせいにしている間も、相手が受けた迷惑はそのまま残ります。
僕が懸念しているのは、この感覚が徐々に麻痺していくことです。
問題を起こしても自分がやった気がしないから、次も同じように出してしまい、それを繰り返して、気づいた時には信頼がなくなっている、という自滅の方が先に起きるかもしれません。
怖いAIに支配される未来を想像する前に、目の前で自分が責任を引き受けなくなっていないかは見た方がいいです。
作業を任せて、自分の時間を増やすのはいいけど、自分がやったという感覚まで手放したら、失敗から修正する機会もなくなるんです。
AIに任せるほど、自分で決める場所を残す
dotsの公式説明には、アクセスできるアプリを選び、行動の許可や承認の条件を設定できることも書かれています。
これは製品側の仕組みとして大事ですが、僕がここで引きたい線は、ファイルを触っていいか、送信していいかという操作だけではありません。
昔の記録を探してほしいけど、その記録だけで今の自分を決めつけないでほしいし、文章は直してほしいけど、言ってもいない立派な動機を足さないでほしい、というところまで含みます。
家族や他の人の情報も、自分が便利に使いたいからという理由で、何でも同じ場所へ混ぜていいわけではないので、仕事ごとに読ませるものと介入させないものを分けます。
そしてAIの出力に対して、気持ちよく納得できるかだけではなく、元の記録と合っているか、自分が引き受けていい内容かを確かめます。
AIが自分をよく知るほど、この確認を飛ばしたくなるんでしょうけど、よく知っている相手の説明だからこそ、自然に受け入れてしまう部分があるんですね。
自分のことを覚えてもらい、面倒な作業を任せ、今やりたいことに時間を使う、その恩恵はどんどん受ければいいですよ。
ただ、僕はイヤだった過去も自分の記録として残したいし、昔とは違う選択をしたい時に、「あなたらしくありません」と止められるためにAIを使いたいわけじゃありません。
AIが説明する僕より、今ここで考えて、選び直す僕の方を優先するし、AIに自分を理解してもらうために、自分の方をAIの理解へ合わせる必要はありません。






















