どうも、服部(@marketing_factdeal)です。
情報発信では長いあいだ、「何を言うか」が大事だと言われてきました。役に立つ情報、鋭い意見、独自のノウハウ。まぁ、当たり前ですよね。中身がなければ、そもそも読む価値がないので。
ただ、AIがそれらしい答えを一瞬で作るようになった今、正しいことや役に立つことを言うだけでは差がつかなくなりました。マーケティングでも、経営でも、子育てでも、検索すれば正解らしきものはいくらでも出てきます。
そこで次に言われるようになったのが、「何を言うかではなく、誰が言うか」です。
同じ言葉でも、実績のある人が言えば説得力が生まれ、何者か分からない人が言えば流される。だから、多くの人が肩書きを整え、実績を並べ、自分が何者なのかを必死に説明してきました。
が、「誰が言うか」も、もう限界なんですよね。
肩書きなんて盛れますし、実績も都合よく切り取れます。プロフィール写真と文章を整え、お客さんの声を並べれば、立派な専門家なんて簡単に作れます。AIを使えば、思想も文体もキャラクターも、それっぽく仕上げられるようになりました。
なので、これから信用を決めるのは、その先です。
何を言っているかでもない。誰が言っているかでもない。
「誰と言っているか」です。
一人で言っているうちは、ただの自己申告です
僕が「フォロワー数よりも、お客さんとの関係を深めた方がいい」と発信しても、それだけなら僕個人の主張です。どれだけ強く断言しても、どれだけ分かりやすく説明しても、その正しさを証明するものが僕の言葉しかなければ、結局は自己申告なんですね。
でも、僕と関わった人が実際にその考え方を取り入れ、売上や働き方を変え、自分の経験として同じ価値を語り始めたら、話は変わります。
僕の言葉をそのまま使う必要はありません。というか、そのまま復唱しているだけでは意味がないんですよ。僕が配った正解をみんなで音読しているだけなら、それは文化でも思想でもなく、ただの服部ファンクラブです。
そうではなく、それぞれが自分の仕事で試し、自分のお客さんと向き合い、自分なりの失敗をした上で、それでも同じ結論にたどり着いている。そこまでいって初めて、僕個人の主張が、関係の中で証明された考え方に変わります。
僕が言っているのではなく、僕たちが言っている状態になるんですね。
「誰が言っているか」は、その人自身の実績です。
「誰と言っているか」は、その人が築いてきた関係の実績です。
仕事で本当に見るべきなのは、後者です。
「誰と言ってるか」は、人脈自慢ではない
ここで勘違いしてほしくないんですが、「誰と言っているか」は、有名人と写真を撮ることでも、フォロワーの多い人とコラボすることでもありません。
影響力のある人の横に立ち、その人の信用を借りて自分まで大きく見せる。著名人に一度会っただけなのに、昔からの仲間みたいな顔をして写真を使い続ける。
あれは「誰と言っているか」ではなく、「誰を使っているか」です。
人脈という言葉を、有名人との記念撮影アルバムだと思っている人はけっこう多いんですが、そんなものは関係でも何でもありません。相手からすれば、たくさんいる参加者の一人です。知らんがな、で終わりです。
大事なのは、相手の名前の大きさではなく、関係の深さなんですね。
誰と仕事をしてきたのか。誰から相談されているのか。誰と何度も話し合い、誰の変化に関わってきたのか。意見がぶつかったときにも関係を投げず、お互いに言いにくいことを言ってきたのか。
人間の輪郭は、本人の自己紹介より、その人の周りに出ます。
「お客さんを大切にしています」と言いながら、お客さんの顔も変化もまったく見えない人。「仲間を大切にしています」と言いながら、周囲には自分を持ち上げてくれるイエスマンしかいない人。
本人のプロフィールは立派でも、その人の周りを見れば、どんな仕事をしてきたかは大体分かるんですよ。
正しいことを言うだけなら、もう一人で十分です
SNSには、正しいことを言っている人が山ほどいます。経営論、仕事論、夫婦論、子育て論。毎日よくもまぁ、そんなに正解が出てくるなというくらい、みんな正しいことを言っています。
が、正しいことを言っている人に、仕事を頼みたくなるとは限りません。
なぜなら、仕事は正解を言い当てるクイズではなく、人と関わりながら結果を出すものだからです。
どれだけ知識があっても、お客さんと関係を築けない人には長く仕事を任せられません。どれだけ鋭い意見を発信していても、その人の周りから人がどんどん離れているなら、何かあると見るのが普通です。
とはいえ、人気者である必要はありません。誰からも好かれ、いつも大勢に囲まれている必要もないんですよ。人数の多さではなく、関係の質の話なので。
狭くてもいい。少なくてもいい。
ただ、その人の言葉が誰かの仕事や人生に残り、その誰かが自分の言葉として語れるところまで届いているか。ここが重要です。
一人で完成した正論には、正しさはあります。
人との関係から生まれた言葉には、正しさに加えて重さがあります。
この差はデカいんですね。
AIがコピーできないのは、関係の履歴です
AI時代には、「人間らしさが重要になる」「個性を出さなければいけない」とよく言われます。
ただ、個性なんて、もうかなりのところまでコピーできます。
過去の発信を読み込ませれば、文体も言い回しも再現できます。考え方や口癖を学習させれば、その人らしい意見まで出せる。実績をきれいに並べ、鋭い主張を作り、魅力的なプロフィールに整えることもできます。
が、その人が誰と時間を過ごし、誰から信頼され、誰と何を積み上げてきたかはコピーできません。
関係には履歴があります。
一緒に失敗したこと。何度も話し合ったこと。困ったときに助けたこと。耳の痛いことを伝えたこと。意見がぶつかっても、面倒くさがらずに関係を続けたこと。
そういった時間の積み重ねが、言葉の後ろに重さを作るんですね。
もちろん、お客さんの声や対談、仲良さそうな写真を捏造することはできます。表面だけなら何でも作れます。
とはいえ、長期間の関係までは演出できません。
本人の発信、周囲の人の発信、日々のやり取り、仕事の変化を見ていれば、実際に関係があるのか、それとも撮影日の一時間だけ仲良しだったのかは、そのうち必ずバレます。
AIは「何を言うか」を作れます。「誰が言うか」も演出できます。
<でも、「誰と言っているか」は、実際に人と関わらなければ作れないんですよ。
強い発信者は、自分の言葉を広めるだけでは終わらない
これまでの情報発信は、自分の言葉をどれだけ多くの人に届けるかが勝負でした。フォロワーを増やし、拡散され、認知を取る。発信者を中心にして、言葉を遠くまで飛ばす考え方ですね。
ただ、本当に強い発信者は、自分の言葉を広めるだけでは終わりません。同じ価値観を、それぞれの言葉で語る人を増やします。
別に、僕の投稿を毎回シェアしてほしいわけではありませんし、僕の名前を出して「服部さんが言っていました」と引用してほしいわけでもありません。
僕と関わった人が、自分の仕事や人生を通じて同じ価値を体験し、それを自分の言葉として語れる状態を作る。その人の言葉を受け取った別の誰かが、また行動を変えていく。
そこまでいけば、発信は単なる情報ではなく、小さな文化になります。
一人が大声で叫ぶよりも、関係のある人たちが、それぞれの場所で同じ方向を語っている方が圧倒的に強いんですね。バズのように一瞬で広がらなくても、簡単には消えません。中心にいる人が黙っても、その価値観は誰かの仕事や人生に残り続けます。
僕が掲げている「狭くて深いマーケティング」も、最終的にはここに行き着きます。
たくさんの人に知られることでも、自分だけが目立つことでもありません。関わった人の中に考え方が残り、その人の仕事や人生で使われていくことです。
認知の広さではなく、関係の深さ。
その深さが、一人の言葉を文化に変えるんですよ。
あなたの言葉を、一緒に言える人はいますか
自分の発信力を確かめたいなら、フォロワー数や「いいね」の数だけを見る必要はありません。
あなたの考え方によって、仕事のやり方を変えた人はいるか。あなたとの関わりを、自分の言葉で語ってくれる人はいるか。あなたがいない場所でも、同じ価値観を実践している人はいるか。
ここを見れば十分です。
誰もいないのであれば、まだ発信が届いていないわけではありません。人との関係が浅いんです。
いや、厳密に言えば、自分の言葉を届けることばかり考えて、相手の中に何を残すかまで考えてこなかったということですね。
どれだけ立派なことを言っていても、その言葉が誰の中にも残っていなければ、発信者が黙った瞬間に消えます。逆に、関わった人の仕事や人生に言葉が残っていれば、その人が発信をやめても価値は消えません。
何を言っているかでもない。
誰が言っているかでもない。
誰と言っているか。
これからの信用は、発信者一人の中ではなく、発信者と周囲の人との「あいだ」に生まれます。
あなたが何者なのかは、自分で語るものではありません。あなたと関わった人たちを見れば分かるんですよ。
結局、「誰と言っているか」に、その人がしてきた仕事のすべてが出るんですね。























