こんにちは、服部(@FACTDEAL)です。
芸人兼絵本作家が書いた本、キングコング西野くんの「魔法のコンパス」を読んだのですが、これがなかなか衝撃でした。
何が一番衝撃だったかというと、西野くんの話ではなく(ゴメン)この本に出てくるタモリさんが語っていた「戦争が無くならない理由」なんですが、以下がその内容です。
戦争が無くならない理由はなんだと思う?
それはな、人間の中に『好き』と言う感情があるからだ。そんなものがあるから、好きな物を他人から奪ってしまう。また、好きな物を奪った奴を憎んでしまう。ほら、自分の恋人をレイプした奴を『殺したい』と思うだろ?
でも、恋人のことを好きじゃなかったら、攻撃に転じることはない。残念だけど、人間の中に『好き』と言う感情がある以上、この連鎖は止められないんだよ。
『LOVE&PEACE』という言葉があるけど、LOVEさえなければ、PEACEなんだよ。その生き方は、かぎりなく動物や植物の世界に近いな。ただ、『好き』がない世界というのも、ツマラナイだろう? 難しい問題だよ、これは。どうしたもんかね?
ずっと感じていた違和感の正体
このタモリさんの戦争論は、僕の中で最近ずっと引っかかっていたことや、感じていた違和感をスカッとさせてくれましたね。
キレイゴトばっかり言ってる人や「戦いは良くない」って言っている人や、ビジネスにおいて「競合と争ってはいけない」「同業とは共存するんだ」って言っている人って、確かに良い人そうに見えるし、実際に平和主義なんだろうなとも思うんですね。
あるいは、みんな平等で、みんなにチャンスがあると言う人、誰にでも声をかけて、誰にでも優しくする人って、一見、人格者に見えます。
が、僕はこういう人にずっと強い違和感を感じていました。
こういう人って、自分の周りから人が離れていくのが怖くて、怒りや悲しみの感情をひた隠している、単なる臆病者なんだろうなと思っていたわけです。
いつも同じ場所で同じことを言っている進歩のない人だと。
最近、ちょうどそんなツイートを見かけました。
ブログや著書で「ポジティブメッセージ」を発信して商売する人は、何年経っても相変わらず前向きな言葉を並べている。何か達成して「もう肩肘張るのやめて適当にやります」とかないのか。つまり「ポジティブメッセージ」というのは永久に同じ地点で同じことを叫ぶ商売で、前を向いていない皮肉なものだ
— 田中泰延 (@hironobutnk) 2017年8月7日
もしくは、心の底から本気で愛しているモノや愛しているコトがない、あるいは愛している人がいない、寂しい人なんだろうなと思ってたんです。
なぜならこういう人たちって、発信している言葉に愛が乗ってないんですよ。
もうね、それが気持ち悪くて気持ち悪くて。
逆に、好きなモノ、コト、人のために戦っている人は、言葉がきつくても、言葉が汚くてもしっかりと愛が感じられるんですよ。
「この違いって何やろう?」
って、ずーーーっと考えてました。
僕が、好き嫌いが激しくて(それもある)、嫌いな人や納得のいかないことは批判したくなるタイプの人間で、やっぱり普通の人とは精神状態が違うのかなと。
そう思ってたんですけど、実はそれは違うということがわかりました。
好きなものが増えれば敵も増える
仕事においてもプライベートにおいても
好きな時に、好きな場所で、好きな人と、好きなコトを、好きなだけする、が僕のモットーなわけなんですが、日々、これだけ好きなコトを追求していたら、攻撃性も高まって当然だなということが、タモリさんの戦争論でハッキリわかりました。
時間(好きな時に)
空間(好きな場所)
人物(好きな人と)
事象(好きなコトを)
質量(好きなだけする)
を見てもわかるように、好きなことが多いってことは、絶対に譲れない価値観や妥協できない信念、守りたいものがめっちゃあるってことなんですよ。
僕の好きなコトを否定する人はムカつくし、僕の好きな人を脅かす人は許せないわけです。
これって、人間として当たり前じゃないですか。
おかしいものはおかしいと言って批判したり、議論したり。
好きなものや守るものが多ければ多いほど戦いは避けられないと思いますが、でも、批判や議論をすることではじめて上辺ではなく本心で相手の考えを尊重できたりするわけです。
めんどくさいと言ってスルーしてたら、双方の考えや価値観を知ることすらできないので、むしろ避けてはいけないんですよ。
小さな議論や戦いを避け続けるから、「アイツはきっとこうなんだ」という、根拠のない思い込みや敵対心が蓄積していき、自分の正義をゴリ押しするようになり、爆発して戦争になるわけです。
広島長崎の原爆落ちた日に「誰が悪いか議論ではなく平和について語ろう」ってツイートをしたら「勉強してから言え」とか「アメリカのやったことわかってるのか!」って意見がくる。こー言う自分の覚えた情報ゴリ押し野郎のせいで平和が遠のくんだろうな。
— 村本大輔(ウーマンラッシュアワー) (@WRHMURAMOTO) 2017年8月8日
そうそう。自分の正義をゴリ押しするっていう、戦争の根源的思想やね。 https://t.co/oHFCVd0bXC
— 服部慎也(Shinya Hattori) (@FACTDEAL) 2017年8月8日
みんなが自分の正義を疑えたら衝突回避のブレーキになるのに。核の抑止力なんて人類の最終章。誰が1つの国がルール破ったら全滅。 https://t.co/kcpB1YSW6r
— 村本大輔(ウーマンラッシュアワー) (@WRHMURAMOTO) 2017年8月8日
アウトプット量は戦っている証拠
僕とつながっているクライアントやパートナーは、ほぼ例外なく何かと戦っています。
それは、“ムダな戦争”をしているわけではなくて、好きなモノや愛する人のために戦っていることがちゃんと伝わっています。
何で伝わっているかというと、彼(彼女)らが発信している内容もさることながら、そのアウトプット量です。
これだけ流れが早い時代において何も調べずに、何も考えずに、何も行動せずに、ボーっとしていると、
自分の好きなモノ
自分の好きなコト
自分が好きな人
は、たちまち失ってしまうコトになります。
だから、『LOVE』を守るために戦っている人は、アウトプット(発信内容)の量も多いし質も高いんですね。
好きなもののことや好きな人のことを考えている時間と深さが違うので。
毎日まいにち同じようなことばっかり言っている、ボケ老人みたいな人はいないし、『PEACE』だけを求めて「いつも笑顔で」「全ての人に優しく」「ありのままで」と、キレイゴトを言っている人もいません。
LOVEのために戦っているか?
あなたは今日も『LOVE』のために戦っていますか?
もし「戦意があまり無い」というのであれば、真の『LOVE』が見つかっていないのかもしれません。
あるいは『LOVE』だと思い込んでいるだけなのかもしれません。
毎日が退屈なのは、平和や安定、安心感だけを得ようとしているから、つまり、『PEACE』だけを追求しているからです。
思うがままの『LOVE』を手に入れたら、それが人生で死ぬほど大事な『LOVE』なのであれば、それを守るためには戦い続けないといけないんですよ。
ぶっちゃけ『PEACE』だけを追求する人生はツマンナイですし、やっぱりそれってウソっぽいし人間らしくないですよ。
愛するもののために、武器を持って戦いましょう。
まぁ、武器と言っても、僕ら情報発信者の武器はこういった地球と財布に優しい武器ばかりですが(とりあえずブログとメルマガがあれば良い)。
とはいえ、国の政策や企業の販促、宗教、さらには親や先生の躾を見ればわかるように、情報や言葉の力というのは、あらゆる武器の中で一番強力だったりするんですよね。
情報や言葉によって人の行動を変えるというのは、洗脳やマインドコントロールの範疇なので。